「何かを得るときは何かを失う時」失う事は辛いけど、進むべく道は必ず用意されてあるのだと

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「道は開ける」「人を動かす」で有名なD・カーネギーさんの本の話のようになってしまうのですが(笑)

率直に言えば、ピアノ演奏家になる、プロになると言うには天性のものがやはり必要なんだと思います。
毎年多くの学生が音大を卒業して行きますが、そのうち演奏でご飯を食べて行ける人は果たして何人いるでしょうか、、、

人間って、自分のしたい事と出来る事が一致するケースはごく稀なのかも知れません
私も本当は違う仕事に就きたかったのです、まぁそれは夢のような話でもあるのですが、、、
でも、ピアノ好きの私が調律師という仕事にありつけた事をすごく感謝しております
調律師なんて普通の仕事ですが、これもまた年に100人近くの専門学校生が卒業をして
その中で長く調律を仕事として行ける人は、なんとわずか数パーセントなんですよ、驚きますよね~

私は高校を卒業した後、少し前に日産との合併で話題が上がった京都の三菱自動車工業に勤めました
入社して3年目頃には仕事も覚え、また変にはりきったものだから色々と仕事が増えて行って、、
当時の三菱自工は大変忙しかったようで残業や休日出勤が多く、自分のやりたい別の事が全く出来ず終いで
「この生活のままでは自分を失ってしまう」と感じたのでした

ある日、ふと立ち寄った本屋でなにげに専門学校案内の分厚い本を開いたら、「調律師学校の情報」が掲載されていました
そして三菱を辞めその調律師学校に入り、卒業後には滋賀県の草津市にある楽器店に入社したのでした。

現在では独立して仕事するようになったのですが、仕事は大変だったけど、なんとかなって行くもので
協会という勉強ができる環境も得て、そして多くの技術を学んで、この道も更に伸びて行ったのだと思います
振り返ると、独立してからもう20年以上もこうしてやって来れたのですから、、、
皮肉な事か、三菱自動車は日産傘下になるらしく、
勤めた楽器店は2年前に廃業されて、結局どちらも卒業せざるを得なかったのかな?というような不思議な思いが致します

いま、私にとって「ピアノ調律師は天職」だったんだと思えて来ます。
元々のやりたかった夢のような道は奪われてしまったけど、こうして代わりのものを頂きました
ピアノの響きがよくなって行くのは気持ち良くて、ピアノ調整作業はとても楽しい仕事です。

辻井伸行君も視力というものを奪われてしまった人間だけど
「ピアノの才能」というものを神様に与えてもらい、想像できない程の努力もあって道を開いて行った人だと思います

このカンパネラも良いし、彼のベートーヴェンの「皇帝」は深い想いにならざるを得ません

ひょっとしたら「人生ってそのようなものじゃないでしょうか、、、」全てうまく行く人ってきっと居ないのだと思います
「何かを得る時、それは何かを失う時」失う事は辛いけど進むべく道は必ず用意されてあるのだと

「たとえ才能が無い」としても、音楽を学びたくて音大を目指すのは悪い事では無いと思います
その中で苦労して得るもの、また出逢う人達から色んな事を学び
自分の生き方を信じて行くのであるならば、形こそ違うかも知れないけど必ず「道は開ける」んだと思います

なんて書いておりますが、この少子化時代にピアノの調律師はなかなか大変な仕事で御座いますわ、泣

 

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